長原幸太さんが2024年9月29日を最後に退団

私のとても尊敬するヴァイオリン奏者の長原幸太さんが、2024年9月29日の演奏会を最後に、読売日本交響楽団のコンサートマスターを退任されました。

 

長原さんは、2014年10月に読響コンマスに就任して、ちょうど10年だそうで、とても夢のような時間を過ごせました。

 

長原幸太さんの凄さは、とにもかくにも、圧倒的なヴァイオリン演奏技術・圧倒的な音色・スコアの理解度の高さにあります。

 

コンマスとして、とても大事なリーダーシップを備えている方でした。

 

長原幸太さんとの出会い

 

私の個人的な長原幸太さんとの出会いは、芸大でのコンサートでした。

 

指揮者は小林研一郎先生で、長原さんがサラサーテのツィゴイネルワイゼンを弾き、かつコンサートマスターもつとめるコンサートでした。

 

理由はよくわかりませんが、長原さんはオケの練習に遅刻してきました。

 

芸大の授業でオケに遅刻すると、めちゃくちゃ怒られますし、とにかくオーケストラは遅刻厳禁です。

 

それなのに、小林研一郎先生がニコニコして「今日は幸太くんよろしくねえー。」
と笑顔で話していたので、驚きました。

 

 

というのも、小林研一郎先生は、芸大の学生には厳しい目線を送り、檄を飛ばす怖い先生だったからです。

 

あの小林研一郎先生がニコニコしながら話すなんて、とんでもないレベルの人なのかもしれない・・・と思いました。

 

実際に、長原さんのツィゴイネルワイゼンのソロは神がかっていて、同じ人間の演奏と思えないほど素晴らしかったです。

 

「長原さんは、世界的ヴァイオリニストのフランクペーターツィンマーマンが使っていたストラディバリを使用しているらしい」、ということを同級生から聞きました。

 

長原さんが現在使用されているヴァイオリンはストラディバリではないですが、長原さんの出す音は、どんなヴァイオリンを使ってもストラディバリと同じくらい凄い音色だと思います。

 

とても勉強されていた

 

読響での長原さんは、とてもよくスコアを勉強されてから、初日のリハーサルに臨まれていました。

 

勉強をしている素振りを見せたことはありませんし、人より記憶力が高いのかもしれませんが、それでもかなり時間を使って準備をして演奏会に臨んでいたのではないかと思います。

 

管楽器のメロディーを良く聞いて、素早く音楽的に反応を返されているので、スコアの理解度が高いことがいつも分かる演奏でした。

 

長原さんはリッカルド・ムーティを尊敬していて、ときどき指揮も振っているようです。

 

オーケストラ奏者なら、本来スコアの理解度が高くなくてはいけないのですが、どうしても実生活との兼ね合いでスコアの読み込みが疎かになりがちです。

 

ヴァイオリンは音の数が他のパートよりも多く、譜読みにかかる難易度が割と高いので、スコアまで手が回りにくいのです。

 

しかし長原さんは、そのようなことはほぼなく、初日から高い理解度で弾いてくれるので、オケが迷わないという点が凄かったと思います。

 

 

徳永先生が「コンマスは気配り・目配り・心配り」だと言っていたらしいです。

 

理解度が高く、その上で、オケが迷いそうなところを事前に先回りして合図を出してくれる、などの心配りがいつもありました。痒い所に手が届く感。

 

 

無駄な合図をしない

 

長原さんの他の人にない大きな特徴として、無駄な合図をしない、ということです。

 

基本的に、音の出る直前の拍で弓を構えるので、一般的なコンマスより後ろのタイミングで弓を上げます。本当に音楽的で、分かりやすくて良いな、とずっと思っています。

 

長原さんの弓を上げる動作・タイミングは、とても音楽的だし分かりやすいので、落ち着いて見えます。

 

早めに弓を上げると、「あれ?もう弾くのか?」と弾く場所を誤解する人がいるので、直前の拍のみに合図を送るようにしているのだなと思います。

 

右腕に余計な力がかからないし、無駄がないのでシンプルで美しいし、絶対に誤解しません。

 

 

基本的に、合図を2つ送らないようにしているのも、特徴的です。

 

例えば、4拍子の1拍目で出るとしますと、

 

3拍目(弓下げる)、4拍目(弓上げる)、出る
ではなく、

 

4拍目(弓を上げる)、出る
と、合図が4拍目の弓を上げる動作のみで、合図を送っていました。

 

合図が一つだけの方が、合いやすいし、良いと思うようになりました。

 

そもそもオケマンは指揮者と演奏に合わせて常に拍をカウントしているわけで、合図は1つあれば十分です。

 

次にどんな表情の音を出したいのか、を首席から知りたいわけです。

 

「せーの!ドッコイショー」
みたいなタイミングが欲しいのではなく、こんな表情で、どんなスピード感で弾こうと思っているのかが分かれば良いわけです。

 

弓下げる、弓上げる、と合図が2動作あると、その分、後ろの人が遅れる原因にもなりえるなあと思います。情報過多な感じがすると言いますか。

 

優れた指揮者ほど、予備拍が少ないように思います。

 

 

弓の上げ方一つで、次にどんな音が出したいのか、皆が想像しやすいように工夫されています。

 

弓を軽やかに上げるのか、素早く上げるのか、落ち着いて上げるのか、息をたくさん吸いながら上げているのか、などなど、ありとあらゆる音楽的な工夫を凝らした動作をされていました。

 

 

修正力が高い

 

オケマンがリハーサルで間違えるのはそんなに珍しいことではありませんが、長原さんはほとんど間違えません。

 

普段は誰よりも弾ける超人の長原さんといえど、年に1回くらいはリハーサルで間違えることもあります。

 

例えば、難曲である、Rシュトラウスのティルとオイレンシュピーゲルでは、初日リハーサルでは「あれ・・・ちょっと違うんじゃないかしら・・・」と思ったのですが、おそらく初めて演奏される曲だったのだと思います。

 

※長原さんが間違えるのが珍しく、普段は誰よりも弾けていますし、理解されて弾いているので、印象に残っただけです。超人でもたまには転ぶことがある、くらいの話です。

 

のだめでも出てくる、ティルです。

 

ティルの最初に管楽器ソロがあるのですが、リズムを正しく覚えないと、ぐちゃぐちゃになります。

 

1拍目に音がない上に、テンポが加速するので、リズムを勘違いしやすいところです。

 

練習の3日目には、完全に正しい理解をして演奏されていて、さすがでした。

 

何となく指揮に合わせて弾いている人が多かったので、

 

「なんかおかしい」、と察知する能力が高く、気になって家で確認されたのではないかと思います。少なくとも、オケの練習場で確認している様子はなかった。

 

「良い演奏会にしよう」という、責任感が強いコンマスなんだなと今でも思います。

 

後ろから見ていて、色んな点で修正力が高くて、頼れるコンマスだな!と思っていました。

 

その圧倒的な修正力の高さで、私の知る限り、長原さんはお客さんの前で何かを間違えたことがほぼないです。

 

 

オケマンは、指揮者に依存しすぎるのは良くないです。

 

オケマンが一人一人、その場でベストなタイミングや音色を判断していくのが必要です。

 

コンマスがきちんと弾くと、tuttiも触発されて正しい音楽的なタイミングで弾く人が増えます。

 

そうしてオケ全体が上手くなるという好循環が生まれていました。

 

読響が、修正力の高いオケになっていくのを肌で感じました。

 

15年前くらいは結構グチャグチャーっと崩壊する時もありましたが、今は2拍以上何かがずれることがありません。

 

 

トップのリーダーのコンマスのスコア理解度が低いと、オケ全体がいい加減になります。

 

「リーダーのコンマスが適当なんだから、自分だけが頑張ってもしょうがない」
と、上手い人も適当に弾くようになってしまいます。

 

コンマスは、上手いのは最低条件で、スコアの理解度の高さが大切だと思います。

 

コンマスより後ろのtuttiのヴァイオリン奏者は、コンマスに合わせて弾かないといけませんので、コンマスがしっかりしていると、本当に弾きやすいです。

 

スコアの理解度が高いと、拍やメロディーに合わせてどのように呼吸するかの質感が変わります。

 

スコアの理解が、拍感を伝える体の動作に落とし込まれているのです。

 

 

長原さんの一番すごい点は、指揮者が崩れても、コンマスは絶対に崩れない、ということです。

 

コンマスがスコアを記憶していないと、指揮者が分からなくなったら、コンマスが一緒になって崩れます。

 

指揮者が振り間違えた時に、長原さんが正しいところに持っていくという場面もありました。

 

めったに起こりませんが、指揮者が突発的に倒れた場合は、コンマスが指揮をすることになっています。

 

それゆえ、理論上は、コンマスは指揮が出来なければいけないということになります。

 

指揮者が迷っても、長原さんが即座に判断して演奏を修正する局面が、何度もありました。

 

指揮者がおかしなタイミングで振り、オケが上手く出れない振り方であった場合は、長原さんに合わせて弾く、ということが常でした。

 

とにかく、長原さんは指揮者をも超える絶対的なリーダーでした。

 

協奏曲ではソロに合わせるのが大切

 

ソリストのいる協奏曲は、オケとソロがずれやすいものです。

 

優秀なソリストの中には、人に合わせて弾く経験が少なかったりして、オケとずれようがお構いなしに弾く人が結構います。

 

特にピアニストは一人で演奏できるので、合わせがあんまり上手じゃない人も結構います。言うまでもなく、上手な人もたくさんいます。

 

 

演奏の呼吸を揃えるために、オーケストラ側が協奏曲のソロパートを覚えるのが大切になります。

 

オーケストラ団員一人一人が、ソロパートを覚えて、指揮者に依存し過ぎないようにするのが大切です。

 

リズムを理解して、覚えて、その上でどのようにリズムが揺れるのかに気を付けながら、演奏します。

 

長原さんは、GP(演奏会の直前リハーサル)でずれたところは、本番では必ず気を付けて演奏されていました。

 

「このように合わせろ」と口には出しません。

 

背中の微妙な動き・ヴァイオリンのスクロールの動きで、分かるように合図を出してくれていました。

 

私たちも「なるほどこのタイミングでいくのね」と思いながら、彼に反応して弾くわけです。

 

まさに、阿吽の呼吸、といったところです。

 

もちろんtutti奏者もそれぞれ判断をしながら弾いてはいますが、コンマスが確信を持って弾いてくれると、安心感が違います。

 

 

何といっても上手い

 

コンサートマスターでは、曲によってはソロのメロディーを弾くことがあります。

 

長原さんが弾くソロは、圧倒的に上手いです。

 

コンサートマスターは、オーケストラの顔です。

 

英雄の生涯、シェエラザードなど、コンマスソロの比重の高い曲では見事なソロを聴かせてくれました。

 

「自分もあんな風に弾けたら良かったのになあ・・・」
と思いながらいつもウットリと聴いていました。

 

 

今後もコンマスとして活躍されると思います

 

長原さんの読響最終日の2024年9月29日の演奏会では、温かく送り出しをすることが出来て良かったと思います。

 

公演後にはパーティーもあり、別れを惜しみながら食事をしました。

 

長原さんは、日本のヴァイオリン奏者の中で間違いなく頂上レベルです。

 

今後もコンマスとして活躍されるので、演奏家としてさらに大活躍してほしいなと思います。

 

 

長原さんの後任としては、ソロが上手いのは当たり前で、スコアの理解度の高いコンマスに入って欲しいと願っています。

 

コンサートのマスターなので、弾けるだけでなくて、スコアを見てオケ全体を理解し、オケがまとまる弾き方をするコンサートマスターに来て欲しいです。

 

長原幸太さん、今まで10年間ありがとうございました。

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